345 days

とうとうおふぃすれでぃーになりました。

Good bye, My Love

さっそく映画の感想。 大昔に観て、でろでろ泣いて翌日めっちゃブサイクになったんやけど、それをこの間観直したので。 続きで「さらば、わが愛/覇王別姫」について。
さらば、わが愛~覇王別姫 [DVD]さらば、わが愛~覇王別姫 [DVD]
(2001/11/09)
レスリー・チャン、チャン・フォンイー 他

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1930年代の中国・北京。娼婦の私生児である小豆子は、半ば捨てられるように京劇俳優養成所に預けられる。娼婦の子といじめられる小豆子をことあるごとに助けてくれたのは、先輩の石頭。やがて小豆子は、石頭に同性愛的な思慕を抱くようになる。 成長した2人は、それぞれ程蝶衣(小豆子)と段小楼(石頭)という芸名を名乗り、『覇王別姫』 で共演しトップスターになる。蝶衣は少年時代と変わらず小樓を想っていたが、日中戦争が激化し始めた頃、小楼は娼婦の菊仙と結婚。深く傷ついた蝶衣は同性愛者である京劇界の重鎮・袁四爺の庇護を求め、小楼との共演を拒絶する。 再び時代は変わり、1960年代。中国全土に文化大革命の嵐が吹き荒れる。京劇は堕落の象徴として禁止され、俳優である蝶衣と小楼も世間から虐げられるようになり、蝶衣、小楼、菊仙の3人は、精神的に極限まで追い詰められる。彼らの互いへの愛憎と裏切りの連鎖の果てには、大きな悲劇が待ち受けていた。
キリング・ミー・ソフトリー」「北京ヴァイオリン」のチェン・カイコーが93年にカンヌでパルムドールを受賞した作品。「キリング・ミー・ソフトリー」をレンタルしたものの時間なくて途中までしか観れずに返してしまった…また今度借りよう。 <以下ネタバレ有の感想> 女形・蝶衣を演じるレスリー・チャンの妖艶さは異常。男なのか女なのか分からない中性的な魅力は化粧云々じゃなくてレスリー・チャン自身の魅力に他ならないと思う。 あと、「SAYURI」の時も思ったけど、コン・リーは細っこいのにえろくていいなぁ。 小楼役のチャン・フォンイーについて特に思うことはありません。(笑) ていうか、むしろ蝶衣がそこまで盲目的に慕うほどの魅力を持った小樓を彼が演じきれていたかどうかは疑問の残るところ。 養成所時代の小楼(石頭)を演じていた子役の子はとてもよかったと思うのになんか残念。 3時間ほどの大作だけど、時間を感じさせず、丁寧に作られた濃密な映画という印象。 初っ端一番インパクトがあったのは、蝶衣(小豆子)は生まれつき指の本数が多くて、遊女である母が蝶衣を捨てたのはそれも原因なんだけど、その指を切り落としてしまうシーン。 1930年代、文革という時代の波に流されていく当時の中国の混乱、その中で翳りだした京劇の威信、スパルタ式養成所にいる救いのない子供時代の蝶衣、その他もろもろを象徴するかのようで、とてもショッキングだった。 蝶衣は舞台の上で「覇王別妃」の別妃を演じてて、これが出世作。兄のように慕い、母に捨てられた蝶衣には小樓しかいないから、彼と恋人同士という役柄を演じることにすべてを捧げるようになる。その小樓が遊女の菊仙と一緒になると言って蝶衣から離れていくときの絶望感!蝶衣を捨てた女と同じような女に自分の愛する男が奪われるっていうのはね。ほんとうにやりきれない。 中国映画独特の力強さの中に、ヒトの弱さ脆さといった“性(さが)”が深く渦巻いている。 蝶衣の生き方を象徴するかのようなラストシーン。 「レスラー」「ブラック・スワン」を観た後だったので余計に考えさせられました。 「覇王別妃」は漢文でもやったけど、項羽と虞美人の別れの場面。項羽のために足手まといにならないよう自害する虞美人。ラストのこの姿が蝶衣とオーバーラップして、もう鼻水と涙ででろでろでした。